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第17回 文化と地域デザイン講座        「ニュータウンを舞台にした在宅医療の現場」【報告】

6月28日(土)に開催した「第17回文化と地域デザイン講座」について、事務局より報告いたします。


 

近畿地方はその前日(6/27)に平年より22日早い梅雨明けとなり、講座開始の13時頃はもはや本格的な真夏日。記録によるとその日の大阪の最高気温は33.5℃で、「本のある工場」は3階建ての2階にあるものの、研究室の空調フル回転と扇風機3台、風を通したりうちわや飲み物を配ったりしながら、そんな中元気にご参加いただいた21名の笑顔あり涙ありの講座となった。特別企画も加わり終了は16時。いつの間にか暑さも忘れる充実した3時間を過ごした。


今回も実に多彩な参加者に集っていただいた。シンクタンクのエグゼクティブマネージャー、大学教授、数名の自治体職員、数名の文化施設職員など。中でも研究所代表・松本先生の高校時代の同級生の方3名(皆様ご立派な方)の参加が印象的だった。(参加の皆様、たくさんの差し入れをありがとうございました!)


さて、今回講座の本題。テーマは「在宅医療」。波江野茂彦さん(兵庫ライフケアクリニック院長)、石井敦子さん(兵庫ライフケアクリニック副院長、大阪青山大学看護学部教授)をお招きし、兵庫県川西市を舞台にした在宅医療の特筆すべき現場のお話などをお聴きした。※尚、新川達郎=松本茂章編著「文化×地域×デザインが社会を元気にする」2025.3.15 では、石井さんが第4章のトップでこのテーマについて執筆しておられる。


最初に石井さんから、在宅医療現場から見えてきた地域の問題や現医療制度への挑戦、在宅医療が「だから」「なぜ」必要なのか等について。(石井さんにとっては波江野先生との出会いが大きく、波江野さんがその想いとともに中心的に実践しておられる在宅医療の現場ではあるが、石井さんからまず概要などをお話いただいた。) ニュータウンと呼ばれた川西市の地域でも高齢者のみの世帯割合が高まっており、それは介護力が脆弱である大きな背景であり、通院が困難な患者となった方は入院して治療が優先される生活を送るか、脆弱であったとしても家族が支える在宅を選択するかとなる。訪問診療を主とするクリニックは全体の1割以下であり、しかも16㎞ルール(半径16㎞内に対応できる医療機関がない条件)というものも存在するという。ご本人や家族が希望したとしても在宅での看取りは困難な状況となる。訪問診療を受けていないと、いざ何かあれば救急車を呼び警察が介入することになると。初めて耳にした言葉、QOD(Quality of Death)。「死の質」が低下するという問題。経験された「医者嫌いの学者さん」の場合のお話では、石井さん執筆でも言っておられるところの「生き方・逝き方の意思決定」の重要性を強く感じさせられた。人生には尊厳が必要だと。また、がん患者と非がん患者の割合は4分の1と4分の3であるにも関わらず、がん患者にはホスピスがあるが、非がん患者の緩和ケア体制は不足していることも知らされた。そして、医療費の膨大化と価値観の多様化などで在宅医療が見直される「今」であると。兵庫ライフケアクリニックにおいて看取りケアのための病床が3床設置されたことは、極めて珍しく「唯一無二」である。冊子「マンガで考える在宅医療の選択、家族の生活は、どうなる?」の製作とその大きな反響のお話では、治療有無の選択が可能なことであり、それぞれにメリットとデメリットがあることを教示し、患者ご本人や家族の意思決定の支援として全国に広がっている功績は特筆すべきであろう。人生は言わば作品であり、唯一無二に創造されるものだという点でそれはアートであると。文化芸術を慈しむ精神は良質な人生を創り上げる行程でも必要不可欠だと感じた。


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次に、波江野さんからは、石井さんのお話を補完する内容と何故川西市だったか、訪問診療に想いと情熱を注がれたうえで誕生した兵庫ライフケアクリニックについて語っていただいた。大阪のベッドタウンである川西市は、顔の見える関係を維持できるちょうどいい規模の自治体であり、丘陵地の豊かな自然、果樹の産地、清和源氏発祥の歴史など、魅力の多い街であると。最も印象的だったお話は、死は人生の完成であるということ。老いても死を迎えるまでは人として完成に近づくことかと理解した。であるならば、「生き方」と同様に「逝き方」は人生にとってとても重要だ。選択できること、意思決定できることの尊厳は誰しもにあって欲しいと願うところである。しかし、実際にはそう簡単にはいかないというエピソードもお聞きした。入院治療か在宅医療の選択を迫られる時、在宅医療を家族の誰かが反対したらそれが少数であっても結果入院される場合が多いと。人生はそれぞれであり、また家族との関係や状況もそれぞれであって、選択の結果やその後の想いなども様々なのだと思う。これで良かったとなるのか、少しでも後悔が残るのか。誰しもが漏れなく自分ごととして関わってくる問題。そこに対峙する自らの内側に問いかけ続けるような情動や行為などもまたアート・文化芸術に類似・該当する気がした。


その後、参加者から講座の感想やお二人への質疑も数多く出された。医療全体の状況、そしてこの在宅医療の現場が如何に顕著か、何故誕生できたか、また維持がどれほど大変か、他に広げるためにどうすればよいか、等々、全員でともに語り合う時間が生まれたように感じた。参加者それぞれにも介護や看取りの経験があり、その際のエピソードや感情などについて涙とともにお話されるケースもあり…


恒例の小休憩コーナーの後は、今回特別のパフォーマンスタイム。シンガーソングライターのしおさん(塩崎大輔さん)によるギター弾き語りを堪能した。しおさんは兵庫ライフケアクリニックの訪問看護師でもある方。3曲の歌詞を配布いただき、訪問看護師として在宅医療に携わる中での想いを歌詞とメロディーに込めて歌って下さった。いつもは講座のみで終了するところだが、講座でお聴きした内容が音楽の力でさらに心に染み込んでくるような共感の時間と空間が生まれた。(しおさん、ありがとうございました!)


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最後にー                                   

新川達郎=松本茂章編著「文化×地域×デザインが社会を元気にする」2025.3.15 の第4章の章題は、「1人ひとりの人生を大切にした地域デザイン」である。そのトップを飾る石井さんの在宅医療の現場を通した「文化×地域×デザイン」は、まさに1人ひとりの人生を大切にした実践事例であると感じた。奇しくも、現在NHK総合テレビで放送中(土曜夜10時)のドラマ「ひとりでしにたい」(綾瀬はるか主演)は、「逝き方」について考え悩むところから「生き方」(どう生きるか)に結びつく内容になっていて興味深く観ているところ。「ひとりで…」と言いながらも家族をはじめとする人との関わり・繋がりというテーマも浮かび上がってくる。「終活」は何時始めても早くはない自分ごとである気がしている。



(事務局 山本達也)

 
 
 

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