top of page

第18回 文化と地域デザイン講座 「丹波篠山市の黒大豆栽培とシビックプライド」【報告】

7月19日(土)に開催した「第18回文化と地域デザイン講座」について、事務局よりご報告します。


海の日の連休初日で真夏の暑さが心配されたが、いつものように会場「本のある工場」のスペースを埋める人数の申込があり、キャンセルもなく各地からの方が顔を揃えた。参加者には、行政の農業部門で働く人、獣害対策の研究をする学生、前回登壇した訪問診療チーム、大学教員、経済学を専攻する学生など。毎回のテーマによって、少しずつ顔ぶれが異なる面白さがある。参加のきっかけは、市町村合併や農業政策といったテーマへの興味に加え、黒豆茶や黒豆珈琲を味わってみたいという素朴な期待もあったかもしれない。


ゲストである丹波篠山市(たんばささやまし)の企画総務部長・竹見聖司さんは、2001年から黒大豆栽培に取り組み、地域振興に尽力してきた。新川達郎=松本茂章編著『文化×地域×デザインが社会を元気にする』で今回のテーマを執筆している。表紙の篠山春日神社秋祭りの鉾山巡行の写真も、竹見さん自身が撮影されたもので、参加者の目に印象づいているはずだ。講座では、歴史や文化、黒大豆ほか食の魅力に富む丹波篠山の紹介に加え、書籍には収めきれなかった町村合併や市名変更の経緯についても多角的に語られた。



黒豆と丹波篠山市の歴史的背景 

篠山は城下町として発展し、豊かな自然と農業を基盤に栄えてきた地域である。重伝建(重要伝統的建造物群保存)地区や篠山城跡など、歴史的景観が今も残されている。1999年、平成の大合併の第一号として、多紀郡の4町(篠山町・西紀町・丹南町・今田町)が合併し「篠山市」が誕生した。そののち2004年には隣接する旧氷上郡の6町が合併して「丹波市」が発足。さらに2019年、篠山市の市名は「丹波篠山市」へと改められた。 


この歩みの中で、竹見さんは市役所職員として黒豆栽培に取り組み始めた。人気の黒枝豆が広まった背景には、行政としての地名や市名の選択、さらに名産品のブランド化が大きく影響している。「丹波黒」は品種名であり、どこで生産されるかによって「産地名」として扱われるか「商品名」となるかが変わる。そのためブランド力の構築は地域にとって重要な課題であった。マンガ『美味しんぼ』で紹介されたことなども含め、30年にわたる小さな積み重ねが現在の知名度につながっているという。



市名変更をめぐる経緯 

農産物のブランド化と並行して、地域課題となった合併後の市名変更問題についても、松本さんからの質問に答える形で、竹見さんが詳細を紐解くようにお話された。1999年時には「他と同じ名前は使わない」「篠山は他に存在しない」といった理由から「篠山市」として平成の大合併第一号となった。住民にとってみれば、過去の「丹波篠山」には田舎のイメージがあり、自らは呼びたくない風潮もあった。しかし、観光ブランドとしては「丹波篠山」が広く使われていた。そして隣接する氷上郡が「氷上市」ではなく「丹波市」となったことから、「丹波篠山産」と表記を続けられるかどうかが課題となった訳だ。 


大阪方面から見れば「兵庫県の丹波市と篠山市が合併して、丹波篠山市になったのではないか」と誤解される恐れもあり、農業団体からはブランド価値への懸念が示された。「夕張メロン」や、お茶の「掛川茶」やワインの「ボルドー」に付加価値が付くように、農産物のブランドは地域名と密接に関わる。そこで民間ベースの署名運動が広がり、市民の署名から住民投票が実施された。そして、最終的には全会一致で市名変更が決定したのだそうだ。



現在の展開と農業遺産としての黒豆 

市名変更により「丹波篠山産」として商標登録が進められ、地域ブランドの確立がより一層図られている。丹波篠山の黒大豆栽培は300年以上の歴史を持ち、現在は日本農業遺産にも認定。黒豆は正月のおせち料理の黒豆煮をはじめ、旬の黒枝豆、菓子や味噌などの加工品にまで幅広く活用されるが、その価値を上げて、全国に知られる存在となっている。 

竹見さんが市名変更と向き合う中で、駅名に関しても議論されたそうだ。たとえば兵庫の城崎は「城崎温泉駅」に、滋賀の西大津は「大津京駅」に改称された例がある。篠山口駅の扱いについても経費試算を行ったという。 



参加者からの質疑では、他地域の事例も参照され、地名やブランドの在り方が思い起こされた。たとえば京田辺市は和歌山にも田辺市があるため、京都府下にあることを意味している。飛騨高山は飛騨の名を付けた観光名称で、高山市にある。燕三条は新幹線の駅名として定着しているが、実際には燕市と三条市にまたがっている。常陸や伊豆は地域名の下に地名を付けて用いられるなど。全国各地にさまざまな呼称のあり方が存在することを話題から気付かされる。 


今回の講座を通じ、市区町村の合併や地域おこし、対外的なPR、住民の意識といった要素が重なり合って、新たな土地の価値が形づくられる様子が伝わってきた。竹見さんが「苦労豆」とも呼ばれる黒豆の栽培に取り組み、地元の言葉で人々に語りかけて、市役所職員として町の魅力を伝えてこられたことは、言葉通り、生まれ育った土地に根差すことだと感じた。住民自ら現場で動きながら、魅力を発信していく力の大きさをあらためて感じる時間となった。


(事務局 松岡真弥)


 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

© 2020 Bunka to Chiiki. Proudly created with wix.com

bottom of page