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【3月20日】文化と地域デザイン講座を開催しました。【参加報告】

3月20日、第15回文化と地域デザイン講座を開催いたしました。当日の様子について、研究所スタッフ・関谷が参加報告をお届けします。


今回の講座は、生田創さん(愛知県長久手市職員/長久手市文化の家館長)をお招きして、「愛知県長久手市の公立劇場「長久手市文化の家」における市民参画と盛んな自主事業」を演題にご報告いただきました。

長久手市文化の家は、全国でも数少ない自治体直営の文化施設で、専門職員に加えて現役アーティストが運営に携わり(創造スタッフ制度)、年間およそ70本の自主事業を展開しています。舞台音響畑の生田さんは入職以来、25年間わたって企画制作と市民との協働に取り組んできました。

講座報告では、特色ある自主事業の取り組みと職員、市民参画への道のり、自治体直営施設の現状と課題についてお話がありました。また、司会の松本茂章とのリプライや参加者との質疑応答では、開会が迫る大阪・関西万博を念頭に、2005年の愛知万博の効果を質問する声をはじめ、地域創生・市行政との関わりの二つの話題を軸に、たくさんの議論が湧き起こりました。




  長久手市と「文化の家」――

名古屋市と豊田市に挟まれた長久手市は、2005年開催の愛知万博(愛・地球博)をきっかけにリニモが開通。その後住宅開発と移住が進んだ「日本一若いまち」で、人口の約1%がアーティストという、市民と文化芸術の距離が近いまちと言われています。

「文化の家」は1998年にオープン、「市民の家」のような存在になることを願い名付けられ、設計は各地の公立劇場を手掛けた香山壽夫氏が担当しました。構内には3つのホールと「ガレリア」(イタリア語で屋根のある商店街)というソーシャルスペースが置かれ、オペラから小さなコンサートまで、聴く・観るだけでなく、訪れた人が参加可能な様々な事業を開くことができる空間となっています。


  マスタープランの策定と市民参画事業――

長久手市文化の家は、2006年にJAFRAアワードという賞を受賞しました。そのきっかけが、文化の家の開場前に策定された「文化芸術マスタープラン」の存在です。文化拠点づくりには、照明や音響、企画、音楽や演劇といった専門職員が必要であると全国で先駆けて明記し、文化の家を中心とした文化振興につとめたことによるものです。

マスタープランの策定には、市民がかかわっていました。2012年、「市民優先予約」の問題が立ち上がります。市民に優先して、施設を配分してほしいという声によるものです。生田さんたち職員と市民がのべ1,000時間の対話を続けました。最終的には、「優先しない」ことになるのですが、賛成・反対を取り持つコアメンバーを中心に、行政と市民の信頼関係が育まれました。

市民の参画はそれだけに留まりません。文化の家では、市民の「やってみたい」を実現する足腰があります。場所を無料で提供し、広報や会計をサポートする。これまでに民族音楽のイベント、ダンスイベント、参加型のワークショップと多様な催しが生まれてきました。


  自治体直営の公立文化施設として――

後半では、「公共性と芸術の専門性のすり合わせ」をテーマに講演が進みました。

「すり合わせ」の一つの表れが、「創造スタッフ制度」で、演劇・舞踊・美術・音楽の出自を持つアーティストが、自主事業を企画しアウトリーチや営業までを担う制度です。創造スタッフは3-4年のあいだ在籍し、行政に関わった評価と信用を得て、自らのキャリアを拡げていきます。

例えば、「創造スタッフ劇場」という事業。親子向けのワークショップで、台本から当日の運営までを各分野のメンバーが協働して作り上げます。自身の芸術活動や作品が、独りよがりにならず、どう親子を巻き込んでいくのか・いけるのか、そんなことを考えることが、公益的な視点へとつながっていくのです。

文化の家は、専門職員と異動のある一般行政職員の協働で運営が行われています。生田さんはその強みを「行政マンとしてやってきた職員が、専門職員・市民との協働を経て、文化芸術を学び取っていける」ところにあるとお話されていました。

一方で、自治体直営ゆえの課題もあると言います。それは、行政改革や組織改編の影響を受けやすいという点。これまでに、指定管理者制度への移行が図られたことがありました。それでも「経費はほとんど変わらない、行政と市民の協働が弱まってしまう」という働きかけで、直営が続けられています。自治体の財政難に振り回されるのも課題の一つ。予算や人員の圧縮と常に隣り合わせということでした。



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リプライ・質疑応答では、今回も会場全体で議論が交わされました。

印象的だったのは、生田さんと一緒にいらっしゃった福島梓さんとのやり取り。福島さんは地元長久手の出身で、一般職員として文化の家の自主事業や企画に携わっていますが、驚くことに、静岡文化芸術大学時代の松本茂章の教え子とのこと。松本とのやり取りでは、万博がやってきた当時の市民の空気感をはじめ、福祉の部署を経験してからの文化の家での体験などが話題に上がり、恩師の強烈なツッコミもありながら、現場の生の声をお聞きすることができました。




つぎの話題は、自治体直営のあれこれについて。自治体職員、財団職員、民間文化施職員と、様々な立場の参加者から、指定管理者制度との対比や、市役所本庁や議員との関わりについて質問が上がりました。柔軟に改訂を続けるマスタープランが、館の運営や市民との協働を説明する根拠=「お守り」なのだというお話が記憶に残りました。

このほかにも、文化の家を知らない市民へのアウトリーチや、チケット管理についてなど、さまざまなコメントが続きました。



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今回の講座は、公立文化施設の運営と役割について考えるきっかけになりました。

小さかった頃、親に連れられて図書館での読み聞かせや、文化ホールで開催されていた演劇のワークショップ、謎解き探検に参加した思い出があります。小学生になると(今回の話題の演劇や音楽とは離れますが)図書館で開催されていた歴史講座にも参加していました。

一転して中学生以降は、そうした文化芸術の場に足を運ぶことがほとんどなかったように思います。全国あまねく普遍的な課題ではないかもしれませんが、子育て世代の親子が中心のワークショップと、年齢層が高めの文化講座のあいだに、文化体験が不足している印象をもちます。もちろん、音楽や映像を通して文化体験は身近にあるのですが、そうした文化芸術との付き合い方は、ともすれば記号を消費するかのような感覚に陥ることもあるのではないでしょうか。

けれど、文化体験へのコネクションが持てない、もともとあるサークルに突然足を踏み入れるのはこわいな……と思ってしまうとき、今回の「創造スタッフ」制度はとても斬新に感じました。聞けば、創造スタッフは若手のアーティストばかりとのこと(最年少は執筆者と2学年しか変わらないようです!)。大変なことも多いと思いますが、3-4年でメンバーが入れ替わる中で、新陳代謝と学び合いが生まれていそうです。そして同世代の活動なら、より身近に、参加ハードル低めで行ってみようと思えるような気がします。

個人的な感想でしたが、そんなきっかけが地域の文化施設に埋め込まれているのは、なんだか素敵でうらやましいです。

文化芸術と市民の近さは、自治体直営という文化の家の環境ならではの部分もあります。けれど、それだけではないようにも思います。生田さんのお話のなかに、吹奏楽フェスティバルの紹介がありました。万博の機運上昇のため、市内の吹奏楽団体が集結してはじまったフェスティバル。仕掛けたのは文化の家だったそうですが、今でも企業の協賛を得て継続中です。



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施設や人からの働きかけが、市民自前の活動を生んでいる。思い返せば、昨年の文化と地域デザイン講座でお聞きした松戸市・戸定邸の齊藤洋一さんの報告でも、市民との協働のお話がありましたが、この辺りに文化政策や地域文化のアクティブ化のミソがありそうです。

生田さんの講座は、松本茂章『地域創生は文化の現場から始まる』(学芸出版社、2024年)にまつわる「人」をお招きするシリーズでした。今回も、自治体直営・指定管理・民間と、さまざまに文化施設の運営にかかわる参加者が集まり、長久手市の実践報告をもとに、意見を交換し、強みや弱みを聞いて持ち帰ることができました。「本のある工場」の持つ意味が十二分に発揮できたように思います。

生田さん、そして福島さん、貴重なご報告ありがとうございました!



文責:関谷洸太(大阪公立大学・文学研究科博士前期課程1年)

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